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2019/01/20

音楽0044) Garifuna /Honduras、 Aurelio Martínez



2019年1月20日(木曜)

大寒、Super Moon。今宵は予想外に冷え込みも、風もなく、見上げると雲ひとつない夜空。
くっきり光るお月さまを眼でながら、夜道を歩きました。
本日の一枚は、再びガリフーナからです。

第44回、
Aurelio Martínez、[Garifuna Soul ]
2005年/国内/ライス・レコード/Stonetree Records,(2004年)/Belize, (SPR-1508/STR 026 ) 
日本語解説(田中勝則)有り、英語他)解説&歌詞なし
曲名;①Santo Negro. ②Yau. ③Nuwerun. ④Tagarigu Nanigi. ⑤Dügü. ⑥Deme Nowen. ⑦Yalifu. ⑧Niraü Hagabu. ⑨Lumalali Limanaga. ⑩Mala Mujer. ⑪Tabari Dudu. ⑫Tili Bugudura.

190120-Aurelio Martinez-Garifuna Soul


日本語解説から、
アウレリオ・マルティネスは、1976年、Hondurasのカリブ海岸にあるPlaplayaのガリフーナ(Garifuna)コミュニティ生まれ。6歳のときからパーカッションを演奏、後にギターも習得。ガリフーナ楽団の一員として、メキシコなどの近隣諸国、米、仏、そして我が国にも来日して、「カリブ海 ガリフナ族の歌声」(ビクター)で、初めての録音経験もしている。当時、ガリフーナ音楽/パランダ(Paranda)は、まだ民族音楽という枠のとどまり、ミュージシャンもいわゆるプロは存在せず年輩ばかりで、先細りの状況であったが、Ivan Duranがストーン・ツリー・レーベルを立ち上げ「Paranda」をリリースし、ポピュラー音楽への道を開いた。その立役者の一人が、この(当時)ガリフーナの若手であったアウレリオ・マルティネスであった。そして2004年、Stonetree/Ivan Duranと制作したアウレリオのSolo Debutアルバムが本作で、2005年に国内盤をRiceがリリースしてます。
ガリフーナ(音楽)やパランダについては、先にアップしたAndy Palacioで記載しモノを参照。
音楽0029) Garifuna/ Belize , Andy Palacio
http://pescabonita.blog.fc2.com/blog-entry-325.html
音楽0027) Punta Rock/ Belize , Andy Palacio
http://pescabonita.blog.fc2.com/blog-entry-321.html

尚、アンディは本作の⑨でLead Vo.で、また、StonetreeレーベルのオーナーでプロデューサーのIvan DuranもElectric Guita, Maya K’echi Guitarで参加してます。

本日聴いてみて、
Andy Palacioで触れましたPunta Rockとは違うGalifunaサウンド、Parandaは心地よく流れるリズムと、ちょっと愁いを帯びたメロディーとハーモニー、そしてカラりとした風のようなギターなどの演奏が、なかなか沁みてきます。ガリフーナ語で歌っているのも、また味を添えて耳に響きます。一般的に想像する日差しあふれる明るく陽気なカリブ海のイメージではなく、陽が傾きやがてとっぷり暮れて、誰かがおこした焚き火をじっと見つめているような錯覚するかのような印象でしょうか。。。。風もおさまった、静かな真冬の夜にも案外ぴったりな曲もあって、楽しませてくれました。

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2019/01/19

読書「攻める健康法」 三浦雄一郎

2019年1月19日(土曜)

ちょっと冷え込みましたが、快晴、風もなく穏やかな冬の一日です。
よい週末をお過ごしください。

ぽかぽかの小部屋で、夜冷たい空気の中歩きながら、ぼんやり考えたことです。

これまで感銘を受けた人、出来事は、身近な人や小さな経験でも色々とありますが、強く心と頭に作用し続け、独り立ちして後も、影響を受けている(inspire)方を挙げると、開口健氏、司馬遼太郎氏、そして近年では三浦雄一郎さんかと思ってます。
振り返ると、人生の節目というか変化の際に、頭のどこかに何時も、何か鍵となりそうなモノを探しているからかと思いますが、それがその時読んでいた本だったり、誰かだったり、見聞きしたものの中に、これかな?と思うモノを見つけると、それらを勝手に解釈して、それまでのモノと再構築しながら、よし、これで行ってみようと踏み出す。そして暫く方向修正、調整しながら来たら、はたと思い直し、またその繰り返しといった感じで。

三浦雄一郎さん、超有名な方ですが、私が初めて知ったのは、山登りもスキーも縁も興味もなかったこともあってか、比較的最近のことで、2012年師走、たまたま観た教育TVの「仕事学のすすめ」という番組でした。強烈な印象を受けて、メモを取って観ました。その時は、著書については記録もしてなく、また探してみようとまでは思わなかったようで、それ以上は深堀しないままになってました。但し、その時に残ったモノがこの6年間、風化しながらも心の底にあって影響をしていたと思います。
今年をご隠居人生元年の幕開けとして、今これから最も必要なもの、足りない部分、それらを補うモノとかを、しっかり意識づけして、方向性をはっきりしたいと思い、昨年暮れになって、ふとまた三浦雄一郎さんのことを思い出し、今度は著書を読むことにしました。

どんな著作があるかwebで調べたものの、今や時間だけはたっぷりあるので、本を買うより、そうだ図書館で借りたほうが、期日までに必ず読むし、第一モノが増えないと思い、先週市立図書館へ行ったら、なんと一冊もない。。。。館内の端末で検索したら、かろうじて1冊が移動図書館にあるとわかっが、最初に読みたいと思うものでもなく、がっかりして帰宅。
結局もう一度調べ、最初に選んだのがこの本です。

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月曜(14日)に注文して、17日に届き、早速半分を読み、翌日残りを読み上げました。
190頁程の新書で、活字も大きめ、流石に多くの公演をこなし、すでにいくつも著作を出版しているので文章も読みやすく、なによりも三浦さんの人となりから出てくるユニークな語り口に惹きつけられ、あっという間に読み終えました。
2015年に出版、80歳でエベレスト登頂を終えての著作。そのご経験とそれまで「高齢者の健康や生き方をテーマとした本を何冊か書いてきた。。。言い方を変えれば全てを凝縮した一冊だ。いわば集大成にして決定版である」、そして次の85歳への目標を見据えてのものかと思います。今ちょうど、南米大陸最高峰アコンカグア(標高6961m)の登頂とスキー滑降に挑むところでしょうか、成功して無事生還されるのを祈ってます!
ちょうど私が三浦さんの番組を観たときが79歳のエベレスト準備中の時で、その時触発されたことが、今回この著作を読むことで、再び直接つながっていくことができました。よく考えもせず、これかなと選んだのが、奇しくも幸いでした。
ぱらっと一読してみて、
まず技術的(テクニカル)なところで、歩き方を見直しました。足の運び方と呼吸です。ずっと脳トレも一緒にと思いブツブツ呟きながら歩いていたのですが、負荷が増すに従って、呼吸が口ばかり偏って浅くなり、息苦しいし、疲れるなと感じていたところでした。せっかく運動で血液を循環させているのに、呼吸がよくないと無酸素運動になってしまう。大事な酸素や栄養、老廃物を運んでいるのに燃焼も、処理もできなくなる。それで早速、呟きながらは止めて、音楽を聴きながら乱れた呼吸を矯正するように心がけはじめました。
そして心というか、気持ち、意識、動機、哲学、、、いい言葉が思い浮かびませんが、大事な部分となるもの、それはやはり夢、目標なんだと繰り返して確信しました。三浦さんのような超人でも、偉大な冒険家でスキーヤーでも、スーパー・マンでもなく、そんな巨大な大それた夢を持たないごく普通の人生で、持病を抱えて薬まみれ、すでに体は後期高齢者並の私が、三浦さんの凄さに惹かれるのは常識をぶっ壊すアイデアとその行動と実績にもありますが、むしろ焦点を当てるのは、何度も病気や怪我で危機に陥っても「マイナスをプラスに」した部分に強く惹かれます。この著作は「攻める健康法」なので、「健康を維持するのではなく若さを取り戻す。“攻める健康法”の根幹となるのが目標の設定だ。目標があればそのために前向きな気持ち気持ちになれる。意欲が湧いてくる。身体を若返らせる前に、まず心を若返らせるべきなのだ」と。
毎度のことながら、自分について思うことが、特にこれと言った、確固とした目標もなく、ぶっちゃけ場当たり的で、持病や他ネガティブ要素も多いし、色々考えると面倒なことばかりで、全く冴えない状況、早いとこくっきり意識があって、まだ体動けるうちに死んでしまったら幸せだろうな、なんて思うこともありますが。。。
去年からぼんやりと温めてきて、今年からもう一度仕切り直して行くにあたり、まぁなんだかんだとそれなりにあるけど、再び何かを目指して、そして足りない柔軟さと決断力を意識して、やってみようと思いはじめました。
これから何度か機会あるごとに読み返してみたいと思います。

////2012年当時のことは以下の通りで、三浦さんの父、敬三さんの話も含めて、こちらもおさらいして再度インスパイアされました////
https://blogs.yahoo.co.jp/pesca_bonita/44503891.html

2019/01/17

音楽0043) Bosa Nova/US,Brasil、 Astrud Gilberto



2019年1月17日(木曜)

朝ちょっと冷え込んだかなと思いつつ始まった今日も、静かに、いつの間にか過ぎました。
今日の一枚は、あまり馴染みのない、ボサノバです。

第43回、
Astrud Gilberto、[ Astrud Gilberto ]
1992年/国内/ Eyebic Inc./ ( AE-15 ) 解説&歌詞なし
曲名;①The Girl from Ipanema. ②One Note Samba. ③Agua De Beber. ④Manha De Carnaval. ⑤The Shadow Of Your Smile.⑥Fly Me To The Moon⑦Berimbau⑧Once Upona Summertime⑨Felicidade⑩Love Theme From⑪Lugar Bonito⑫El Preciso Aprender A Ser So⑬She's Carioca⑭Look to The Rainbow. ⑮A Certain Sadness. ⑯Frevo. ⑰Voce Ja Foi A Bahia. ⑱So Nice (Summer Samba).

190117-Astrud Gilberto


解説ないのでweb情報など入れて、
Astrud Gilbertoは、1940年ブラジル、バイーア州生まれ。Rio de Janeiroで育ち、1959年にギタリストで歌手、ボサノバの創始者の一人で有名なJoão Gilbertoと結婚、1963年にUSへ移住。その後、プロ歌手としてのキャリアが始まる。代表曲イパネマの娘 (The Girl From Ipanema)の英語版がビルボード・チャート上位に昇り、大きなヒットになった。USジャズ・スタンダードとボサノバ歌手として有名となるが、皮肉にもブラジルでは実績があまり認められていない。
どこかの駅ビルをぷらついていた時、CDの売り出しをしていたので覗いてみた。初めてのブラジルへ旅行した後で、何の知識もないまま、漠然とラテン音楽を聴きたいなぁと思っていて、その時にあったのがこの1枚だったような記憶があるのだが。。。
これはいわゆるカゴ売りのような企画物ですね。制作会社も聞いたこともない名前で、Epicを真似たかのような印象を受けます。。。有名な代表曲[イパネマの娘]の他、João Gilbertoの代表曲[Felicidade]、ジャズ・スタンダード[Fly Me To The Moon]など、彼女のベスト盤のようなものかと思います。
最初、ちょこっと聴いてあまり印象に残らず、そのままずーっと棚に放置となってましたが、改めて聴いてみたら、どこかで耳にしたことがあるような曲ばかりで、心地よい響きに正直驚きました。自分の耳が変わったのもありますが、やはりスタンダード曲のもつ力ってすごいなぁと思います。下手をすれば、イージー・リスニングで聴き流すものになっもしまいますが、、強い主張というか、個性を感じさせない、逆に自然に静かに歌うのが、アレンジした曲調にぴったり合っていて、すーっと聴き入っていまいました。日差しの入ってぽかぽかしてきた午後の小部屋、一人リクライニングの椅子を倒して、天井眺めつつ。
2019/01/16

音楽0042) Reggea/UK、 Aswad, Rise and Shine



2019年1月16日(水曜)

稀勢の里、復活ならず、引退してしまいましたね。
一時相撲を録画するほど熱心に観ていましたが、いつの間にか興味も薄れてすっかり観なくなってました。稀勢の里が幕内に入り、注目の新人となり、地方/茨城のニュースでも観て、強くなりそうだし、昔ながらのお相撲さんの雰囲気も好感が持て、頑張ってほしいと思ってました。
千代の富士、小錦/曙/武蔵丸のハワイ勢、若貴に、大関陣も充実していて、個性的でダイナミックな相撲が、観ていて面白かった時代だった。。その後、輝く関取が不在になり、モンゴル相撲が主流になってからは相撲がセコくなったから(大横綱の方々には失礼ですが)、観る気もなくなったのかもしれない。。。
伊勢の里、いや色々と問題つづきの日本相撲協会をたまにニュースで見ると、なんだか昨今の日本の縮図というか、姿を映し出している一つに見えてしまう。
若い横綱、思うように力を出しきれず、活かしきれず、プレッシャーも大きく、大変だったでしょうね。新しい第二の人生、幸運を祈りたいと思います。

今日の一枚、再びレゲエ、アスワドです。

第42回、
Aswad、[Rise and Shine ]
1994年/国内/Sony Records/(Bubblin’ Records), , ( SRCS7369 ) 
解説(日本語/花房浩一)&歌詞(訳;沼崎敦子)
曲名;①Day By Day. ②Shine (Beatmasters 7" Mix). ③Fever. ④2 Makes 1. ⑤Warriors Charging. ⑥World Of Confusion. ⑦Pickin' Up. ⑧Give Me A Reason. ⑨Deeper Than Deep. ⑩So Good. ⑪Heartbeat. ⑫Lay My Troubles Down. ⑬Shine(Original). ⑭Rhythm Of Life.

190116-Aswad-Rise And Shine


解説に目を通して、
前回(40回)紹介したデビュー・アルバム(1976年)から18年後、17作目に当たります。現在も活動していると今日知りましたが、メンバーは変わったでしょうが息の長いバンドです。時代の変化と共に、サウンドも大きく変化してます。初期はBob Marleyの影響から、ブリティッシュ・レゲエの確立へ。70年代後半、イギリスでは経済状況の悪化、失業者の増加で、移民排斥の右翼が台頭、社会が不安定化する中、人種差別に対抗する音楽系圧力団体(RAR, Rok Against Racizm)が誕生。クラッシュなどの白人とアスワドやスティール・パルスなどの黒人手を組んだことで、パンクとレゲエが影響し合うことになり硬質な独特のレゲエとなった。この流れは、白人へはクラッシュだけでなく、ラウドネスなどに影響し、ロックとスカが融合した2トーンなって現れる。81年にボブ・マーリーが急折し、80年代中頃を過ぎると、レベル・ミュージックやプロテストといった社会問題から、ダンスホールやラバーズ・ロックのスタイルへ変わっていく。アスワドも徐々にその流れとなった。レーベルも88年にはアイライドからレゲエだけでなくアフリカやワールド音楽を扱うマンゴへ移籍、そしてアスワドもレゲエも90年代へと様々な形へと変化していった。

本日聴いてみて、
単純に言えば、レゲエはもともと、カリブ海に花咲く様々な音楽のひとつで、スカからロック・ステディへ、そして時代や社会を反映して、伝説となるウェイラーズ、ボブ・マーリーによって一つの完成というか形が世界中へ広まったと思ってます。その後のレゲエの変化も、レゲエに影響を受けた色んな音楽も種々あまたあって、現在はもう何が何だか分からなってますね。。。
しかし元々音楽(ジャンル)にこうじゃないとイケないという形ないし、この時期ラバーズ・ロックもダンス・ホールも、一昔二昔前のレゲエの形で、それも私は好きです。ちょっと甘い感じのレゲエもいいものです。甘いという言葉よりも、もっとソウルやラップ、ロックに影響を受けてポップなレゲエといいましょうか。ラバーズ・ロック調の曲も、ジャマイカのグレゴリー・アイザックスやフレディ・マクレガーとかと比べるとやはり違うテイストで、これもブリティッシュ系なんだろうなと、心地よく懐かしく聴きました。
2019/01/16

ルアー製作、2019補修(1)、トップ・コートへ




2019年1月16日(火曜)

また少し寒くなりそうですね。低温&乾燥して、インフル(Flu)注意ですね。
このあたりも流行ってみたいで、気のせいかちょっと喉がイガイガしてるので、休養をしっかりとるように心がけております。

Jerk Bait中心にした補修品ですが、ワレ&キズのできたコートと塗装を剥ぎ取り、
ペーパーで磨き、ボディ完成のところまできました。
久々にやると、手先、手のひらが疲れて硬直。。。作業が思うようにはかどりません。

190116-IMG_3979.jpg


①105p-TypeJM)/Fa(Lot.010.19)
②120JB-Type1M3b/Ag(Lot.011.03) ③120JB-Type1M3b/Ag(Lot.011.09)
④105JM-Type1M3/Ag(Lot.017.01) ⑤105JM-Type1M3/Ag(Lot.017.02) ⑥105JM-Type1M3/Ag(Lot.017.03) ⑦105JM-Type1M3/Ag(Lot.017.05) ⑧105JM-Type1M3/Ag(Lot.017.06) ⑨105JM-Type1M3/Ag(Lot.017.08) ⑩105JM-Type1M3/Ag(Lot.017.09)

次はセルロースで下地コートです。