2017/08/06

宝くじ 運と確率




2017年8月6日(日曜)


台風5号の影響はまだなく、快晴、暑い日差しで焙られる真夏日です。
今日は広島原爆記念日、それから終戦記念日へかけて真夏も一気にピーク。
子供達はとっくに夏休み真っ只中、来週末から山の日、お盆と、世の中も夏休みモードに突入のことかと思います。
私には今年も夏休みらしい休暇はなく、3連休だけかな。。。

ところで夏のジャンボ宝くじも来週までですね。
そう言えば、去年近くの小さい売り場から1等が出たんですが、そんな時に限って買わず参加すらできなかったのを思い出します。
職場である部長が「買ってきましたよコレ、今日までらしい」と期待感いっぱいに嬉しそうに言ったのが聞こえてきて、そうだ買ってなかったと気づくも、「まぁどうせいつものように当たらないだろう。。」と、かなり気分が沈んでいた時期だったので、買いに行く気力もわかないまま帰宅したのでした。

それで後日、「何でこんな時に限って買わないんだろ俺は。ホントにくじ運のない男だ」と悔いたのですが、しかし買っていたからと言っても当たっているとは限りません。
冷静に考えると、結果的になんとなく、当たっていたかもしれないような気分が上昇したに過ぎません。当たっていた可能性、確率は変わらず同じなんですから。
それから年末ジャンボにかけて、その小さい売り場はちょっとした活況になりました。まさにこの心理ですね。
私がふと思ったは、あの売り場のオバさんは愛嬌ある優しい感じの人なんで、あの人柄がくじ運を持ってきたのではないだろかと。。しかしこれもまた、何かに結びつける心理ですね。
まぁしかし何か見えるもの、感じるものに理由付けをして判断する、したくなるのが普通の人ではないでしょうか。宝くじは限りなく確率論が支配していると頭で分かっていても。

で、また買ってきました。
昔はどうせなら1等5億円、七億円とジャンボだったのですが、去年末からはミニに変えてます。
ただこの運掛けも、このサマージャンボを最後にしようと思ってます。
ロトも7から6にして、今月一杯を区切りにしようと。。。

170806-ジャンボ宝くじ



例えば、ロト6で言えば、
①(1,2、3、4、5,6) と ②(3,24,28,36,37,39)
どちらが次に出るかと思いますか? 聞かれると、

②と言いたくなりますが、、、実際の当選確率は同じですよね。
1~43から6個の数字を出すので、確率は単純に=1/43_C_6 = 1/6,096,454
(因みに②は第1197回の当選番号です)
この数字を見ると、とても当たるとは思えなくなってしまいますね。

数字ではピンと来ない方なので、こんなイメージをしてみました。
ネットのデータで、2015年1月1日)独の移民は、約1,000万、そのうちEU以外が約600万人のようです。このよそから来た移民の人たちの中に自分が居て、一人だけが永住権を得られると思えば、より実感が湧いてくるかもと。。それは厳しいですね。

だがしかし、「買わなきゃ、参加しなきゃ当たらないでしょ」「誰か毎週億万長者になっているだから」とも、、、それが庶民の、宝くじの夢ですからね。

宝くじから離れて、日々起こる出来事で考えてみるとどうでしょう?
そのコトが起こる確率は?% 
周囲で、世の中の事象は、全て機械的に、数学的に無作為に起こっているわけではなく、多数の人の意思(志)、思惑、意図、欲望、感情、情念などがぐるぐると渦巻き、複雑に繋がって絡み合い、小さい人間関係から社会、国や取り巻く(自然)環境を含めて地球上で、表層に浮かんでは消えていっているのでしょうから、そこはやはり単純に確率で割り切れるものではなく、そもそも計算、考えて行動しているなんて、益々しないかと思います。
これまでの経験や勘に頼ることがフツウ、せいぜい幾つかの条件と過去のデータや傾向を考慮するくらいかと思います。
極々偶に起こる嬉しい出来事や知らせ、よく起こる大小嫌なこと、何でそんなことが起こるのか?私には複雑過ぎて思考停止。大抵の日常では因果応報、何か強い理由、相関することがあるのですが、ただその中に、何か、偶然、奇遇、数奇なものを感じるのは確かです。
昨今では、ビッグ・データやAIが注目、まさに予測、確率を出そうと躍起になってますが、
コンピュータは、人知を超えたモノ、「運(命)」とか云うものを計算してくれるんでしょうか?
古代から占い、預言者、霊能者は、虚実織り交ぜその大きな力によって重宝されたり、憎悪されたりしてきましたが、Al(それを支配する人)もまた同じ道を行くのではないでしょうか?
暑い昼下がり、自分のちっぽけな、これから先のことを考えながら、ぼーっとそんなつまんないこと考えてしまいました。

明日は、来週は、来月は、良いことが、朗報が、一つでも多く舞い込んで、事態が好転していってくれるのを祈りつつ、願いつつ。

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