2016/12/31

方丈記 (心の旅)


2016年12月31日(土曜)

今年もいつの間にか大晦日です。

皆さんご存知の、鴨長明のエッセイ、
名文句から始まり、和漢造詣を織り交ぜながら、「格調高い」文章で世の無常を綴る古典ですね。
全五章で構成されてますが、短い作品で比較的取りつきやすく、「和歌の語法、漢詩の対句手法を取り入れ整った文章」と言われるだけあって、慣れない古語もブツブツと朗読しながら読み進めると、どことなく沁みてきます。
日本語の響き、日本人の情感が心地よいです。
(まぁ、日本人も様々なので、、、)


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有名で馴染みのある冒頭の一節に、醸し出す無常に知らずしらず誘われてしまう作品ですが、何か哲学的というか、悟りや救いとなるような思想の結実はなく、長明本人も第五章で急に自分自身を振り返り、「わずかに周利槃特が行ひだに及ばず。・・・。その時、心更に答ふる事なし」と結んでます。
いわゆる悟りや心の安らぎなどは、そうそう簡単に得られるものではなく、一度何かの頂点やある一点に達したとしても、それも永遠に続くものでもないかもしれない。
この方丈記にある「魚は水にあかず。魚にあらざれば、その心を知らず」ではありませんが、釈迦や何かを極めた人のことは、凡々俗人の私には推し知るよしもありません。でもこの方丈記を初めてきちんと読んでみて、あの名句「時の流れは・・」から、「只かたわらに舌根をやとひて、不請阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ」と筆をおいているところに、逆に何か、すごく平凡な感覚的な部分でしかありませんが、共感しました。
体が食べ物を自然に欲したように、心のどこかからか、ふときちんと読みたいと思い始め、徐々にその思いが強まってきたのですが、長明の履歴や方丈記を残した背景なども知り、ちょうどよいタイミングだったかもしれません。


さて、そして来年はどうなることか。。。

今年を振り返りもせず、来年に想いをせることなく、
方丈に毛の生えた程度の賃貸住宅で、ただ800年前に書かれた序段を暗唱するべく復唱。


皆さま、よいお歳をお過ごしください。

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